2011年8月13日土曜日

欧州の田舎町、Sofia (8/13)

イスタンブールを後にし、ブルガリアの首都ソフィアにやってきた。
(これを書いてる今となってはもう数日前の話ですが)

木曜日の22時、オリエント急行の終着駅として由緒あるスィルケジ駅を発車した電車は、翌日お昼過ぎにソフィアに到着した。
夜行電車で同室だったのはスペイン人の男、ドイツ人の青年、そしてトルコ系オランダ人のじいさんだった。
6人部屋だったが、残りの2人が他の空いた部屋に移動したため、4人で部屋を使うことができた。
それでも大したスペースはないので、あれで6人は相当キツキツだったはずだ。




ベッドは硬いし電車も揺れるので、熟睡できないことを想定して23時頃に早々とベッドに入った。
それでも疲れからか意外とすんなり眠りにつけた。しかし午前3時頃、「トゥルキッシュ・ボーダー、
パスポートコントロール、アウトサイド!!」という車掌の怒鳴り声で全員目が覚める。
トルコ出国に辺り国境駅で一度電車を降り、出国スタンプを押してもらわなければダメなのだ。
普通ヨーロッパのこういう夜行では電車内で済ませてしまうものが、何故かトルコはいちいち
夜明のこんな時間に客を降ろす。眠そうな顔でゾロゾロと乗客が暗いホームに降り立ち、列に並ぶ。
しかし、待っても待っても一向に国境検査官が来ない。昼間こそ30度近くまで上がる地域だが、
大陸性気候なので夜間は寒い。ブルブル震えながら待つこと約40分、何食わぬ顔して検査官がやってきて
ようやくスタンプをもらうことができた。

しかしその後も4時頃に今度はブルガリアの国境検査官が車内を回ってきて起こされた。
今度は車内でパスポートだけ見せれば済んだので楽だったが、快適な睡眠とは言えなかった。

朝9時頃にブルガリアの最初の大きい街、プロブディフに到着し、ギリギリまで寝ていた
同室の人達は慌てて支度をして下車していった。

ブルガリアの風景はどこかカリフォルニアっぽさがある。乾燥して茶色い大地となだらかな
丘。レンガ造りの崩れそうな家が東欧っぽいが、とうもろこし畑、ヒマワリ畑、養蜂農家などが
窓から見えた。岩と山が多い地域もあり、そこはギリシャっぽい感じもした。









ソフィア駅は極めて面白味のないコンクリートの塊のような建物だった。
この駅の他にも街の至る所に旧共産主義の面影が見え隠れする。インフラの整備の悪さも
目立った気がした。














街の一番の見どころはアレクサンダー・ネフスキー大聖堂。
ブルガリア正教会の総本山で、正教会の聖堂としては世界最大規模らしい。
ブルガリアの青空に白がとても映える、綺麗な建物だった。












ソフィアの印象は駅が最悪、街の中は明るい雰囲気でお洒落なお店も多く概ね好印象だったが
最終的に印象を悪くした決定打はスリ・窃盗集団に出くわしたことだった。

スーパーで水を買い、店を出たところである女性が違う男性に目くばせをしているのをチラッと視界の
端に捉えた。この時点で何かアヤシイな、気持ち悪いな、と思ったが、しばらくしてさっきと同じ人達が
僕の後ろを歩いてきているのが分かった。そして道の角を曲がり、少し人気が少なくなったところで
急に一人の男性が僕の目の前で持っていた鍵の束を地面に落とした。そして彼はそれを拾うフリをしながら
かなり大袈裟に僕に倒れかかってきた。と同時に仲間の男女4人くらいが僕を取り囲み、そのどさくさに
紛れて僕のリュックを触り、更に鍵が無くなったと騒ぎ始めた。連中曰く僕が鍵を取った、と言う。
返さないと警察に連行する、と言いながら手を取り始めた。拒否するとカメラ、更にポケットの財布にも
手が伸びてきた。それらの手を振りはらい、リュックから何も抜きとられてないことを確認して逃げた。

幸いにもちょうどそれを見ていたブルガリア人のじいさんも連中に向かって何か言ってくれたお陰で彼らも
諦め、事なきを得た。まさか白昼堂々、人気が少なめと言えど街の中心街に近いところで強盗まがいな
ことが起こると思っていなかったのでショックだったが、これが夜で周りに誰もいなかったら危なかった。
一眼レフを肩から提げて、バックパックを背負っていたので明らかにターゲットになりやすかったのも
反省しなきゃいけない、と思ったがあまりに大胆な犯行に呆れた。

イスタンブールは観光客が多く、危険をほとんど感じなかったのでその同じノリで油断していたが、
ここからヨーロッパに入ったんだ、と気を引き締めなおした。

夜は気を取り直して手ぶらでブルガリア料理を食べに行ったが、やはりあまり安全な街ではないな、という
印象は拭えなかった。

後から聞いた話では、ソフィアではそういう目に遭っている人が結構多いらしい。

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